白髪一雄と塩田千春
— 2024年10月4日白髪一雄と塩田千春
「行為にこそ全てをかけて」が白髪一雄で、「つながる私(アイ)」が塩田千春です。
大阪で、2人の展覧会が開かれていたんですが、それぞれの展覧会のキャッチフレーズがこれでした。
最初に「尼崎市総合文化センター美術ホール」で白髪一雄の展覧会をみて、それから急いで「大阪中之島美術館」へいき、塩田千春の展覧会をみてきました。
どちらも素晴らしかったですし、「赤」の使い方が2人とも印象的でした。
「抽象画家・白髪一雄(1924-2008)は、床に広げたキャンパスの上に絵具の塊を置き、天井から吊したロープにつかまってそれを素足で画面全体に展開させる方法で描きました。全身の力を込めて描かれた迫力のある作品は観る人に強烈な印象を与え、世界的に高く評価されています。」とパンフレットに書かれていて、私もそれは知っていたのですが、展覧会の会場では、ビデオで、白髪が描いている様子がながされていました。
これがまた何と凄いこと。本当に、ロープを持ち、キャンバスの上を足でスケートをするように、でも軽やかにというよりは全身に情念を込める感じで力強く描いていくんです。思いっきり勢いをつけてぶら下がっていくので、どっちに向かうか分からないみたいで、どんな絵になるかは、できてみないと分からないんじゃないかしらと思いました。
キャンバスを床に置いて、絵具缶から直接絵具を滴らせるドリップ・ペインティングという独自のスタイルを展開していたジャクソン・ポロック(1912 – 1956)の展覧会が以前東京であって、白髪ってポロックと似ているのかなと思っていたのですが、実際、描いているところをみると、やはり相当違うようです。
白髪も、ポロックも、「結果ではなく、行為や過程にこそ芸術性がある」と提唱したアクションペインティングの代表的な芸術家で、創作された結果よりも、創作する行為や過程を重要視しているのが特徴だそうです。
だから展覧会のキャッチフレーズが、「行為にこそ全てをかけて」なんですね。納得できました。
特に白髪の1960年代の作品は大変荒々しい迫力があり見る人を釘付けにします。
今回この展覧会で改めて分かったのは、白髪が、1970年天台密教の総本山の比叡山延暦寺で出家し僧侶になり、70年代の作品はスキージーという“へら”を用いて円相を描いた作品がみられるようになったことでした。
私は、実際に業者の市場でも、この頃の作品を何度か見かけることがありましたが、迫力というよりは、渦がまいてるような、精神的な世界に入り込んでいく感じを受けました。今回の尼崎の展覧会をみて、「悟り」をひらくと画風がかなり大人しくなるんだなと思いました。
1980年代にはまたフットペインティングに戻っていくのですが、1960年代とは迫力が多少違う様に見受けられました。当初の白髪には、子供の頃にだんじり祭りでぶつかりあったときに血しぶきが飛んだその記憶をそのまま絵にぶつけた様な荒々しい迫力があったのですが、仏教に触れ、自分のなかでの激しい感情をセーブし以前のような激しい感情が知らぬ間に湧かなくなってしまったのかも知れません。
いずれも素晴らしいのですが、画家がずっと質の高い絵を描き続けるというのは、本当に難しいことなのだなと、つくづくこの展覧会をみて感じました。
そして、白髪の興奮さめやらぬままに、塩田千春の展覧会へ行ったのですが、これがまた本当に素晴らしかったです。
パンフレットには、「塩田千春(1972年生まれ)の出身地・大阪で、16年ぶりに開催する大規模な個展です。現在ベルリンを拠点として国際的に活躍する塩田は、「生と死」という人間の根源的な問題に向き合い、作品を通じて「生きることとは何か」、 「存在とは何か」を問い続けています。本展は、全世界的な感染症の蔓延を経験した私たちが、否応なしに意識した他者との「つながり」に、3つの【アイ】-「私/I」、「目/EYE」、「愛/ai」を通じてアプローチしようというものです。それぞれの要素はさまざまに作用し合いながら、わたしたちと周縁の存在をつないでいると考えます。インスタレーションを中心に絵画、ドローイングや立体作品、映像など多様な手法を用いた作品を通じて、本展が 「つながる私」との親密な対話の時間となることでしょう。」とありました。
展示室へとエスカレーターで上がると、先ず目に飛び込んでくるのは、高い天井から無数の赤い糸と巨大なドレスが吊り下げられており、圧倒的な迫力に目を見張りました。
そして展示室へ入るとすぐ、ひろい空間に白い糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、糸から水滴が時々ポツンポツンと水盤に落ちてくるインスタレーションが展示されていました。不思議と何かとても懐かしいような記憶がよみがえる感じを受けました。
さらに進むと、また赤い糸が、広い空間いっぱいに複雑に繋がっていて、その糸を巡らせた空間に踏み込むと、「うわー すごい」と感動してしまいました。
インスタレーションとは、もともとの意味は「設置」「取付」「インストールする」という意味で、ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、場所や空間全体を作品として体験させる芸術だそうで、空間全体が作品で、鑑賞者は一点一点の作品を「鑑賞」するというより、作品に全身を囲まれて空間全体を「体験」することになるそうです。
まさにこの赤い糸の作品の中を歩いていると、体験している人の心を揺さぶるものすごいパワーがあり、空間に引き込まれるような感覚になり、塩田千春の作品で、あらためて現代アートの面白さを感じました。
ここでもビデオがながされていたのですが、塩田にはベルリンの影響って大きいようですね。第二次世界大戦後、当時の超大国・米ソ両国が激しく対立し、西側占領地区と東ドイツとの境界線上にベルリンの壁を建設され、東ドイツ側からこの壁を越えようとした人が数多く殺されました。1989年にベルリンの壁は崩壊したのですが、今も遺跡が残っているようです。
塩田は壁の崩壊後、多くの建物が取り壊されてゆくなか、廃棄された窓枠を集めて歩き、作品を製作しているのですが、「窓はプライベートな空間の内と外の境界として存在しますが、東西ドイツを分断した壁も連想させます」。
ドイツといえば、奈良美智もドイツを拠点にしていましたよね。日本もドイツも、戦争に向き合っているわけですからね。
また塩田は、癌を再発しているのですが、「闘病以降、塩田の作品に身体のパーツが使われるようになります。その背景には、治療のプロセスでベルトコンベアーに乗せられるように、身体の部位が摘出され、抗がん剤治療を受けるなか、魂が置き去りにされていると感じた経験」があるそうです。
パンフレットには、「「生と死」という人間の根源的な問題に向き合い、作品を通じて「生きることとは何か」、 「存在とは何か」を問い続けています。」とありましたが、様々な体験があってのことなんだろうなあと思いました。
塩田は、白い糸や黒い糸も使っているのですが、赤い糸について、「赤は血液、人体を象徴して、人のつながりを表現できる色だと思っています。」と述べてます。
まさに赤い糸は、「つながる私(アイ)」なんですね。
前述のとおり、白髪の作品も塩田千春の作品も、私には「赤」がものすごく印象的でした。
白髪一雄のアクションペインディングと、塩田千春のインスタレーション。どちらも現代アートの代表的な作家で、もちろん比べることはできないのですが、赤という色が持っている生命の強さのようなものをどちらの展覧会からも感じました。
現代アートの面白さと表現の豊かさを再認識しつつ、これから先もどんな現代アートが私たちを魅了していくのか楽しみですね。
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