奈良美智の少女を泣かせたのは誰?
— 2024年2月26日私は本当に奈良美智が好きで、青森県立美術館で「奈良美智: The Beginning Place ここから」展(会期:2023年10月14日(土)―2024年2月25日(日))が開催されているのを知り、寒い冬の青森まで二度も奈良の描く少女に会いに行ってしまいました。
それほど魅力的なんです。
展覧会のポスターにもなっている「Midnight Tears」は2023年に描かれたごく最近の作品で、かなり巨大な少女像です。
Midnight Tearsって、「真夜中の涙」でしょうか。なぜ、涙を流しているのでしょう。誰が泣かせたのでしょう?
もともと奈良さんの少女と言えば、1996年頃の女の子は、目が吊り上がりナイフを持った少女などがすごく印象的です。二度の世界大戦や、ナチスドイツによる惨劇などドイツ文化の背景をもつ奈良さんの少女は、親しみやすさと神聖さ、無邪気さと残酷さなど、一見相反する性格を共存させ、観るものの想像力を刺激します。以前、六本木の森美術館で開催された「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」展では、奈良さんの描く「こども」を「賢くて、意地悪で、不幸せである」と評した文書が大文字で紹介されていました(STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ)
でも2011年の東日本大震災を目の当たりにして、少女は変わり始めます。奈良さんは東日本大震災の惨状をみて、しばらく絵を描けなかったといいます。そして助け合う人々を見て、「あの時感じた国民の連帯感は、それまで国に対して興味もリアリティも全く持っていなかった自分に、初めてひとりの国の民であることを実感させ、同じ国に住む民としての存在意識を明確にしてくれたのだった。簡単に言えば「隣に住む人が困っていて、手を差し伸べる余裕があるのなら、手を差し出すのが隣人だ」ということだ。それは、同じ地域の隣人でもいいし、隣国に住む人、あるいは遠く離れた国に住む人々でもあるだろう。」
そして奈良さんは、震災後、2012年に開催された個展「奈良美智:君や 僕に ちょっと似ている」で、「春少女」という作品を発表しています。
それまでの「孤独」な少女の目つきのキツさはなくなり、目の色が虹のようにカラフルです。どこが違うのでしょうか。私には、「隣に住む人」に向けられた眼差しのように思えます。
ところが、その後のコロナによるパンデミック=世界的な大流行を経て、少女はまた変わります。2019年末から新型コロナウイルスの感染拡大がはじまり、パンデミックになり、2021年当時で、世界全体で新型コロナウイルスの感染が確認された人は、1億1800万人以上、死者も260万人以上にのぼっています。
少女が涙を湛えている作品が、栃木県那須塩原市にある奈良美智の 私設美術館N’sYARD で見た作品の中にありました。
私が美術館で見た涙を湛えた少女は、人が抱える悲しみを隠さずにありのまま描いているように感じました。大震災を経て変化した奈良の少女は、10年の時が経ったコロナ禍のなかで、涙を湛えているように感じました。
でもその少女は、涙を湛えてはいても、涙を流してはいなかったんです。
2022年にロシアがウクライナに侵攻し、そして2023年にはイスラエルがパレスチナのガザ地区に侵攻し、現在も多くの人が殺され続けています。
「もうたくさんだ」と国連のグテーレス事務総長が言っていますが、やむ気配はありません。
そんな中で、奈良さんが描いた少女が、涙を流しているMidnight Tearsなんです。
“かわいい”とか“刺激的”だという印象よりも、絵をじっと見つめていると、特に東日本大震災以降、奈良さんがいろいろな想いをこの少女に託していて描いているんだというのがよく分かります。
奈良さんは常に「NO WAR」「NO NUKES(脱原発)」「核兵器反対」を訴えています。東日本大震災から、今のウクライナ、イスラエルとパレスチナなど、あまりにもめまぐるしい災害や世界情勢に、単にかわいい女の子やキャラクターを描くのではなく、女の子の姿を通して、鑑賞者と正面から向き合い真剣に平和を訴えているように感じます。
初期の奈良さんの作品は、ギター弾いたり目の吊り上がったり、ロックでおてんばな女の子の絵は魅力的ではありますが、こうして今の奈良さんの作品みると、単にかわいい女の子ではないですし、やはり終わらない戦争に思いを馳せて複雑な気持ちを持ってしまいます。絵はとてもきれいで美しいのですが、作品が語り掛ける思いはとても強いものがあります。
多くの人がわざわざ奈良美智の絵を見にいくのはなぜか?
奈良さんの作品は、人のこころを揺さぶるメッセージ性があり、くせになって何回でも見たくなるような魅力があります。奈良さんの想いがダイレクトに人の琴線に触れるようで、見た後にものすごく満足感を覚えます。
最後に、この展覧会が面白く感じたのは、奈良さん自身のスタジオを模した《My Drawing Room》などの大がかりなインスタレーションが設置されていることでした。
こちらは、ごく個人的なドローイングルームを再現した作品で、奈良さんが幼少時から親しんできたサブカルチャーの要素を組み合わせた《平和の祭壇》と裏表になっているそうです。
この他にも、会場に小さな小屋を建てたり、女の子たちが寝そべったお花畑の壁に犬や白い女の子の顔が貼り付けられていたり、いろいろな形を持って一貫したメッセージが伝わってくるようでした。
アートを通して私たちにメッセージを送り続ける奈良さんの個人の魅力が伝わってくるようで、今までよりもより深く、作品と奈良さんの魅力を感じる素晴らしい展覧会でした。
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